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チームの歴史

 昭和36年に、バレーボールの愛好家が集まり、9人制のバレーボール部を創部。
当時体育館はなく、独身寮の中庭にバレーコートを仮設し、泥だらけになりながら練習に励んだ。

 また、豊田合成はトヨタグループ13社中の1社として、毎年5月に開催されていた「全トヨタ総合競技大会」のバレーボール種目にも初出場。その際大敗を喫し、悔しさと自分たちの無力さから初めて「頑張って強くなろう!」と意思を確認しあった。ここから気持ちとしての強化がスタートした。

 昭和56年に、9人制から6人制に切り替え、会社としてもバレーボール部を強化クラブと位置づけし、優秀な大学生のスカウトをはじめ、体質としての強化を始めた。  

 昭和59年、努力が実り地域リーグに昇格した。10年間という長い期間を地域リーグに属し、目標としている実業団リーグは近くて遠いリーグであった。当時部長であった隅田征之と監督の五十嵐実の情熱と頑張りが選手に伝わったこととともに、東レを引退した野末康浩の入社により、チームの歯車がうまくかみ合い、平成5年に地域リーグプレーオフで優勝し、念願であった実業団リーグ昇格を果たした。

 実業団リーグ昇格後は、2回挫折を味わうこととなる。なかなか勝ち星に恵まれず、2度の最下位=地域リーグ降格となるが、夏の全国大会にて優勝し、半年後には実業団リーグ復帰となる。

 このように、頑張りながらも勝ち星に恵まれないチームにおいて、平成9年に日新製鋼より、松田 明彦・多田 幹世・澤井亨の有力な3選手が入社。この3名を中心として、急速にチームの建て直しを図り、平成10年の実業団リーグを全勝優勝し、念願であったVリーグ昇格を果たした。

 初参戦となった第5回Vリーグでは第9位。第6回Vリーグでも第9位に終わり、入れ替え戦で敗れV1リーグ降格となった。第3回V1リーグで14戦全勝するものの、入れ替え戦で2敗。1シーズンのでVリーグ復帰は叶わず、平成14年の第4回V1リーグで14戦全勝優勝を飾り、第9回Vリーグ出場決定入れ替え戦に2勝して3年ぶりのVリーグ復帰を果たし、第7位で第9回Vリーグのシーズンを終えた。
  続く第10回Vリーグは第6位、第11回・第12回Vリーグともに第7位と低迷するものの、翌年の2006/07V・プレミアリーグ(第13回Vリーグより名称変更)では、チーム初の開幕5連勝を皮切りにファイナルラウンドに初進出、第4位となった。
  続く2007/08V・プレミアリーグでは5位、2008/09V・プレミアリーグでは6位に終わった。
 2009/10V・プレミアリーグでは二度目のファイナルラウンド進出を果たし、4位となった。
 安原新監督を迎えた2010/11V・プレミアリーグでは、震災の影響で4試合を残して終了となり、6位に終わったが、今シーズンはチームスローガン「覇気」を胸に悲願の初優勝を誓う。